セロリのきんぴら

2ch、おーぷん2ch、2chscスレから、主に嫁、妻の浮気・不倫・NTRなどのスレをまとめて配信します。

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560: 素敵な旦那様: 2006/01/21() 00:09:01

うちは結婚して20年、長男は高3になる。
その長男、小学校2年生の時から野球を始め
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度の飯より野球が好きと言った風だった。

高校の進学先を決める段になった頃、
息子が希望したのは、甲子園の常連校、名門中の名門。
その上、県外ときている。
周囲の反対も聞かず、結局一般入試で彼はその高校に進学し、
同時に野球部寮に入った。

名門ではあるが、一般生の入部も受け付けているその高校。
念願の野球部には入れたものの、同学年だけで4チームも5チームも
出来るほどの人数の上に、監督さん自らが引き抜いてきた選手もゴロゴロ。
中学校では多少腕に覚えのあった息子だが、
たちまち現実の厳しさに直面したと思う。

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489: 素敵な旦那様: 2006/01/16() 21:03:43

(十数年前時点の)私と母親の話です。地元紙にも同じ感じの内容が載っていますが、
それは私のです。

--

俺は、いわゆる母子家庭、一人っ子で、母親と二人で18歳までは京都に住んで
、大学に入ってからは東京で一人暮らしている。

ちなみに俺と母親とは40歳離れている。小学校の時は「俺の母親だけ何でこん
なババアやねん!もっと若かったらなあ。」とか、「なんで俺のところだけ、
父親いないねん、こんな貧乏やねん」っとか不満に思っていた。母親と言い合
いになれば、「違う家に生まれたかったわ!最低や」とか平気で言っていた。

母親には18歳までは反抗しまくりで、よく言い合いをしていたから、東京に来
て、のびのびできるとせいせいしていた。


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623: 素敵な旦那様: 2006/01/28() 21:57:54

確かドラえもんのもう一つの幻の最終回は実はのび太が
植物人間だったってオチもあったよな・・・こっちは嫌だ


624: 素敵な旦那様: 2006/01/28() 22:09:33

>>623
で、ドラえもんのことは全て夢だったとかいうんだっけ。

お口直しに拾ったものコピペ。

何年か前、スタンフォード病院でボランティアとして勤務していた医者の体験したことです。

彼はエリザベトという難病の女の子を診ていました。
この女の子の病気を治す唯一の方法は、5歳の兄からの輸血しかありませんでした。
兄は同じ病気を奇跡的にも乗り越えて、免疫体を持っていたからです。

医者は、5歳の兄にわけを説明してから、妹に輸血してもよいかどうか尋ねました。
男の子はちょっとためらってから、苦しそうに大きなため息をついて、
「血をあげるよ。エリザベトが助かるのなら!」
と答えました。

その子は妹のベッドのそばに横たわって輸血をしながら、妹の顔色をみて満足そうに
微笑んでいましたが、しばらくすると、だんだんその微笑みが消えて、顔をこわばらせ、
青ざめてきました。そして、震える声で医者に尋ねました。

「……いつ、ぼくは死ぬの?」

男の子は、医者の説明をよく理解していなかったのです。
輸血とは自分の血を全部あげることだと思って、「いいよ」と答えたのでした。
男の子の決死の覚悟が祈りとなって天に通じたのか、手術は成功に終ったそうです。


627: 素敵な旦那様: 2006/01/28() 23:23:57

>>624
男前だなあ。


元スレ:【コピペでも】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ2【オリでも】
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1130500556



 


134: 素敵な旦那様: 2006/03/22() 21:32:38

私の父が男手一つで私を育ててくれました。
母の居ない私に父は、寂しい思いをさせまいと必死だったと思います。
いろいろと体の違いや考え方の違いもありますし、男の父が女の私を1人で育てるのにはかなり苦労したようです。

当時、私の父は貿易会社に勤めており出張を繰り返す日々でした。
その為、家に帰ってくるのはいつも遅く、私が寝てから帰宅というのがほとんどでした。

でも、私の誕生日には、毎年大きなケーキと大きなぬいぐるみを持って早く帰ってきてくれました。
二人だけの誕生日会。それはとても質素な誕生日会でしたが私には本当に暖かく、かけがえのないものでした。
なので毎年その日が待ち遠しく、私は誕生日までの日にちを数えたりしていました。




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93: 素敵な旦那様: 2006/03/15() 20:09:35

371 :大人の名無しさん 2006/02/03() 14:16:22 ID:EQu6nDmx
去年のはじめ主人が死んだ。大腸がんだった。
2
人の娘を残して逝ってしまった。
腫瘍が見つかってからたったの半年しか生きられなかった。
まだ36歳。これからだって言うのに。

余命を告げられてからも元気な日は子供たちとたくさん外に出た。
働き虫で子供と接するのが苦手だった彼だが、
会社をやめてからはずっと子供と過ごしてくれた。

秋に北海道旅行もした。写真やビデオもたくさんとった。
しかし冬になって見る見る弱っていった。


入院を余儀なくされたが、病室のベッドで子供たちと絵を描いたり、
絵本を読んでやったり、プリキュアごっこをしてくれた。
子供たちはまだ幼稚園児だったが、
父親が死んでいくということに気づいていたようだ。

その証拠に「パパはもうすぐ天国に行くんでしょ?」
ってあどけなく言っていた。
「パパ痛い痛いの?○○がさすってあげる」
「パパの痛いのどうやったら飛んでいくのかなあ」
幼い手で父親のお腹なでながら困った顔をしている娘たちをみて苦笑いしていた。
「パパ大好き。ずーっと大好き。天国に行ってもずーーっと大好きなんだから」
と突然子供たちに抱きつかれ、へらへら笑いながら泣いていた。

子供たちは幼稚園が終わるとすぐに病院に行って夜まですごした。
毎日毎日話をして楽しく過ごした。
意識が無くなる前彼は言った。
「ゴメンな。でも、子供がこんなに愛しいってこと気づけてうれしいんだ」
そう。彼は幸せに死んでいった。

彼が幸せなら、遺された者も幸せ。
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年たってやっとなんとなくそんな風に思えるようになった。


94: 素敵な旦那様: 2006/03/15() 23:51:31

(´;д;)


95: 素敵な旦那様: 2006/03/16() 06:44:57

T_T)<目から滝が・・・


元スレ:【コピペおk】夫婦・家族のジーンとする話を集めるスレ3【オリおk】
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1141214198/


 


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