【私小説~桜を見上げるタンポポ】「いいなぁ、愛代もお刺身食べたかったなあ」 切ない・・・ 1/5
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賢治:04/05/25 08:50 ID:vS3CAMvu

左手を止血せずにコンビニの袋に突っ込み、血がたまったまま、ぶら下げて登場したのも狙い通りであった。指の先は大袈裟に出血する部位でもあり、通代のマンションに到着したに時は小さめの袋ではあったが半分以上の量の血がたまっていたのだ。
「血の袋に気がついた瞬間が勝負だな」
また実際に今、そのタイミングで虚を突いたまでは思い通りだ。
運命を握る、その人物の反応を待った。その反応次第で一連の流れに終止符が打たれるのか若しくはあらたなステージに発展するのかが決定するのである。心境としてはただ、スタートの合図からこの人物を圧倒すべくあらたなステ-ジの開始だけに集中した。

その人物は・・・
開いたハンカチの上にある小指に目を落としながら
「そうか・・」
と一言だけ漏らした・・。



106 賢治:04/05/25 09:09 ID:vS3CAMvu

「こんな事しか思い付かなかったんで・・」
と、更に反応を促すとついにその人物は
「もうエエ・・解ったわぁ」

私は即座に引き下がる事は「してやったり」を悟られるような気がして、わざとゆっくり言葉を置くようにこたえた。
「ありがとございます・・ 色々と・・お手数を、お掛けしました・・」
黙るその人物の前に、また丁寧にハンカチを指にかぶせて押しすすめ・・
「それじゃあ今日のところはこれで失礼します・・」
一礼をして下がると、ゆっくりドアを閉めカチャリと確認すると・・・
「ほぉおー!ふぅうー・・」
            ・・・・と大きく息をついた。



107 賢治:04/05/25 11:03 ID:vS3CAMvu

車を走らせながら次の目的地に向かった。
通代と暮らしていた男は数日前から実家にいるらしい。
静岡県内ではあるが、隣県との境にその実家はあり東西に長いこの県の中程に住んでいた私からは、少し遠出になった。
「あの人物の今の胸中はどうなんだろう・・」
100km程先の目的地に向かう車の中で私の起こした行動がこの先どう動くかを考えた。あの人物の胸次第で通代の意志を押さえる事は可能であろう。今時その世界の人達でもしなかろう私の振る舞いが、所詮
「ごっこ」で終わってしまうのか・・。
どこからでも因縁のつけようはあるだろうし、まだ油断は出来ないと自分に言い聞かした。それにしても前夜あの状況にありながら、包丁を持ったあの人物に対して・・
「手だけは勘弁して下さい!手は商売道具ですから」
と、前フリをして置いた私もふてぶてしいものがある。



108 賢治:04/05/25 11:20 ID:vS3CAMvu

運転をしていると、今まで経験をした事のない不思議な感覚が何度か襲ってきた。たとえて言えば非常に強い睡魔が来た時のあの、意識が 遠のく状況から眠さだけを除いたような感じである。眠さはないが、意識がすうっと浅くなりかけては我にかえるその繰り返しである。
「止血しようか・・」
そうも思ったが、このままで乗りこんだ時の迫力を想像するとそれも惜しかった。三十代も終わりに近くなった平成十三年の夏前・・
初めて経験する、出血による貧血であった。

道を知らず、尋ね尋ね車を走らせ目的地に着いたのは
もうすっかり昼をまわった午後であった。



109 賢治:04/05/25 12:27 ID:vS3CAMvu

通代の男の実家は東海道線の線路沿いにあり、古い軒並みの中に違和感なくその家はあった。
「こんばんはー!」
声を掛けると出てきたのはきっと、話に聞いていた実兄なのであろう、見知らぬ男性であった。
「森上といいますが、耕司さんいますかね・・」
穏やかな口調では言ったものの、私の左手に視線を向け
「ちょ、ちょっと待って下さいね・・」
と慌てて奥に戻るとその奥から
「森上さん?ウソだろぉー・・」
と言う声が聞こえて来た。
驚くのも無理はない、まさかこんな所に現れるとはという、思いがあるのだろう。しかし、痛い思いをした左手はハッキリと印象づけようと思いそのまま来たが、男に対して激高していた理由ではなかった。



111 賢治:04/05/26 08:53 ID:Dha0E2IC

むしろこの耕司には同情さえしていた。
一緒に暮らしながら通代が風に勤めているのを黙認するような男でもあるがすべてみな通代に主導権があったからである。結局、数ヶ月後にこの男は生まれ故郷を出て逃亡してしまうのだがそれもこれも・・・あの通代に関わったからだ。

「ど、どうしたんですか!」
「ちょっと車の中ででも話そかぁ」
驚きながら、私の左手を見るのを放っといて外へと促した。
車の前で、血のたまった袋を手からはずし地面にはなすと
「バシャッ」と落ちて、ゲル状に固まりかけた血がドロッと袋から流れ出た。これ見よがしの演出であるが、この男に効果は充分であった。
気の小さなこの男はきっと、この後の話し合いに駆け引きを持ち出す余裕はもうないであろうと確信した。



112 賢治:04/05/26 09:13 ID:Dha0E2IC

「耕司、いいか俺が復縁を免れた以上、お前が後を引き受けるしかないんだぞ・・お腹の子供の事もよくよく考えて決めるんだぞ」
「な、なんとかならないですかねぇ」
「それを俺に言うのは見当違いだよ・・」
私が耕司の所に来た目的は今後について特に通代のお腹の双子が
気に掛かった事と他にもう一つあった。それは、耕司の口からハッキリと不貞であった事実を確認し証拠におさめておく事だった。
無論、あの人物に対しての対策としてである別れる事は了承したが、どんな因縁をつけて何を要求してくるのかまだまだ予断は出来ない。

「この後の会話は録音するけどな、落ち度がないと思っていた俺でさえこのザマだ・・もし後から嘘が発覚したらお前どんな仕打ちに合うかわからんぞ」



113 賢治:04/05/26 09:43 ID:Dha0E2IC

録音すると通告しているのだ・・もう少し言葉の選びようもあるだろうにと思う程、あからさまに自己弁護をするでもなく素直に、しかしオドオドと耕司は話をした。証拠物件としは充分すぎるくらいのものが手に入ったが・・ にも関わらず、何かしら釈然としないものが私の胸につかえた。

耕司との別れ際の会話は記憶にない・・。
気がつくと帰路の車にあり、朝からの出来事を思い返していた・・
元来、慎重な行動など性にない私が今回はよく辛抱した。
念の為の証拠収集など出来過ぎだと思った瞬間・・
「何やってんだ俺は・・・・」
急に情なくなり涙が流れた。
衝動にかられる様に先ほどの録音テ-プを取り出し、窓から投げ捨て携帯電話をとりあげた。
「耕司か、お前頑張れよ!双子の事もお前に任せたからな、頼むぞぉ!」



114 賢治:04/05/26 10:46 ID:Dha0E2IC

程なくして通代と耕司の二人は私の前から消えた・・
思いも掛けない事だが、あの人物のはからいでる。
「もう、賢治の住む街にいるのもいかんなぁ」の一言で決定したのだ。

耕司の実家から帰った足で、左手の治療に向かった。
県立の総合病院はもう、受付時間をまわっていたが救急での受け入れをしてくれた。斜めにカットされた指を垂直に切り直し、その際に骨と肉片をそぎ落とすようにして皮膚だけを残す。そしてその皮膚をめくりあげ、傷口をふさいぐように縫い合わせる。
「折角残った部分も切り落とすのは、合点がいかないかも知れないけど ・・そうせざるを得ないようにしたのはあなただからね」

指紋が直角に折れ曲がり、平らになった指先を何度も見直しながら静岡の駅にむかった・・神戸に戻るあの人物の見送りである。



116 賢治:04/05/26 13:45 ID:RwW3Xbtn

「お前には割にあわん話になったなぁ、賢治」
「いえ・・・」
深く頭を下げながら
「叔父さんも身体だけは大事にして下さい」
ドアが閉まり、走り出してもホームを離れず小さくなっていく新幹線を最後まで見送った・・。 離れがたい思いがあった理由ではない、万が一誰かにその後の私の態度を見張らせていないとも限らないのだ。私は新幹線が見えなくなったのを確認した上に、わざとゆっくりゆっくり、思案深げな顔をしながら階段を下りた。駅の手洗いに入ってからも鏡の前に立ち、しみじみと自分の顔をみながら「ふうぅー」と必要もないため息を吐いた。そして個室に入り、頭の上をグルリと見回し足下の隙間も確認し誰もいない事を確かめて初めて、小さく拳を握りしめたのだ。
「終わった、終わったんだ・・」



117 賢治:04/05/26 14:11 ID:RwW3Xbtn

耕司が失踪した、と通代から連絡があったのは案外それから直ぐの事だった。
「それがな、こっちの病院で検診受けたらな、双子ちゃう言うねん」
筋書きのないのが人生であろうが、衝撃的な事実がそこにあった。
「心音がな、一つやないけど二つでもない言うねん・・三つ子やて!」

二人がこの街を出る際、耕司に私が言ったのだ・・。
「通代は一切、子供の面倒はみないぞ・・双子だしお前には相当の覚悟が必要だぞ」
事実私は年子であっても、ろくに寝る時間もない育児であったからだ。
それだけでも重圧に感じていたであろう耕司が、三つ子と聞いた直後に失そうしたのは無理もない事だ。情けない男だというよりもやはり、可愛そうな奴だというべきだろう。まだ堕胎出来る段階での失踪は、むしろ賢治なりの配慮ではなかろうか。
それが人としてどうなのかは評価してやれないが・・・。



118 賢治:04/05/26 14:34 ID:RwW3Xbtn

「それでお前は産むつもりはあるのか」
「産むのはエエねん、だけど育てられへんわ」
私は戸惑う事なく決断した、三つもの命に何をためらう必要があろうものか。
「じゃあ産め!産まれた後の事はこれから考えればいい!」

「三つ子かぁ・・」
私は少し興奮している自分が不思議だった、どう譲っても不快な気はしない報告にまるで最初の子供の受胎報告を受けた父親のような、妙な気持ちだった。
大層な倫理観なんてものは持ち合わせていないが、新しい生命の芽を
人為的につぶすよりも・・
その誕生を心待ちに出来る事のほうが幸福な気持ちになるのは当然だ。      



119 賢治:04/05/26 15:23 ID:RwW3Xbtn

覆水は盆にかえらず、しかし雨降って地固まるとでも言おうか・・その後、通代とは何度か会い三つ子の将来についても相談をした。
復縁はないという前提の上でもあり、私の気も楽である。三つ子は、通代の育児に対しての意識が相変わらず薄い事から私が育てる事で同意させた。同じ母親から産まれた兄、姉もいるのだ心細い事もなかろう。その条件として名前は私に任せる、実子として私の籍に入れる。という二点も確認した。
その後はもう・・
お前は本当に、とんでもない女房だったとか・・
別れた者同志であって、しかも憎み合ってないという特殊な状況でなければありえない質問も、折角だからしてみた。
「ところでさ、あの男と俺との行為はどっちがよかったよ」
「正直に言っていいの・・?」
などと、たわいもない会話を楽しんだりした。



121 賢治:04/05/27 10:14 ID:UtvD+/LT

三つ子だと判ってからも、まだ頑なに堕胎を主張する人間もいた。
生命の尊さであるとか重みであるとか、そんな解釈を持ち出すまでもなく単純に普通に考えて我が子を殺すか生かすかという選択である。                  
それさえも判断を間違う人間にとって、その数が増えようが全く良心が咎めるものではないらしい。
「あんたからも堕ろすようにいってやぁ!」
と、通代の母親は私に何度も言ってきた。
結構な割合で、あなたの血も流れている子供なんですよ・・孫なんですよ

この子等が産まれて来た後この人はどんな顔で孫を抱くのだろう。
通代の母親という人は、まったく軽い言葉しか持たない人である・・
さしての考えも思いなく発するのだが、説得力を持たせようとして重い言葉を選ぶが為に更に陳腐になる。
「親っていうのはな、子供の為なら死ねるんやでぇ」
「あんたの事をどれだけ、大切に思てると思ってるんや!」
意見が対立する度に、通代に発する言葉であるが聞く度にこの人は言葉で聞かせなければ解ってもらえない子育てをしてきたのだなと感じた。



122 賢治:04/05/27 10:43 ID:UtvD+/LT

事ある度に大袈裟に通代の弁護をすることで、いかに娘を大事に思っている母親であるかを主張する人であった。通代は結婚当初から家事は手をつけない女であり、帰宅後に明日通代の親が急に来訪するなどとなれば私一人で寝ずとも住まいを片づけたものだが・・・翌日、玄関先で
「いらっしゃい、どうぞ・・ちょっと散らかってますけど」
と言ってしまい通代の母親に
「あんたねぇ、通代は二十歳の若さで結婚して頑張ってやってるんだよ!それを親の前で家が散らかってるなんて言われたら通代が可愛そうやないの!」
と怒鳴りつけられた事があった。
実家にいた時は何一つ出来ず社会人になってからも魚の骨もとってやり爪も切っってやり出勤の際には靴下まで用意してやっていた娘である。その娘が結婚した途端に家事一切をちゃんとこなしてると思える
おめでたい母親なのだ。



123 賢治:04/05/27 11:21 ID:UtvD+/LT

「サラシはな、真っ新やから価値があるねん」
婚姻の確約をかわした後に、通代の母親に言われたことがある。
「この子をな、私ら大事に大事に育ててあんたに渡すねん・・処女であんたに渡すんやでぇ、あんたは幸せや」
あきれて言葉も出なかったが、あやふやに頷いた。この人の娘に対する評価も不可思議だがその時、側で通代が
「お母さん、何言うのん・・」
とまるで照れたかのように振る舞い、母親の後ろにまわって私に向かって手を合わせた姿に唖然とした。この母親は娘がまさか、そんなもの五年以上も前に喪失しその後どんな経験をして来たのかなどは思いもしない事なのだろう。
東北の片田舎で生まれ世を知らないだけに描いていた女性への夢を、通代の一方的に話す性歴にどれだけ私が打ち砕かれひしがれたか、その傷口を平気で掻き回された記憶である。



124 賢治:04/05/27 13:11 ID:Cy0vNX2v

しかし通代の母親が単独で堕胎を主張する事にはさして不安は感じなかった。通代と母親との親子間では決定権は娘にあったからだ。

やがて通代は出産の為に陸奥は岩手県に越す。
今後の話し合いも一時期は友好的な雰囲気であったのだが・・
情緒が安定しない通代は再度復縁を迫り、断固として拒否する私に対しての当てつけとして、岩手での出産を決行したのだ。どうあれ、産まれて来る子等は私が引き取る事は決定であり、様々な事を考えた結果・・ 育てる場所として雑音の少ない私の生まれ故郷でもある岩手県を考えていたのである。
それを知った通代が先回りで岩手に居を構え出産場所としたのだ。もし故郷で暮らすのに不都合な問題でも起こされれば、私は折々に帰る事は出来ても戻り住むことは成り難くなってしまう。
通代らしいといえばらしい、卑劣な手段である。



125 賢治:04/05/27 15:55 ID:Cy0vNX2v

とは言え、多胎児を身籠もった通代の身体は心配だ・・
私は経済的な援助こそしなかったものの、入院に必要な住所の取得、保証人の設定などは積極的に協力した・・ 気持ちの上ではもう私は三つ子達の父親でもあった。

三つ子以上の多胎児の場合、通常の分娩での出産は考えられず帝王切開というのが一般的である。
しかし中には、帝王切開に適当な時期まで持たずに早い段階での、それに踏み切らざるを得ない場合もある。充分な成長を果たせずに産まれた我が子のあまりにかよわい姿に、気を乱す母親を見てまた不安になる若い母親も多い。三つ子以上の多胎児になると、近年は誘発剤の使用による結果が代表的で、子供を授かる段階で苦労が多かった母親には尚更である。

我が家で八人の出産をした通代である、当然三つ子も自然な受胎であるがその成長も順調であった。


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