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57 賢治:04/05/20 08:24 ID:uni6Cu+T
平成12年10月21日、信じられない光景を目の当たりにした。
「もう少し横、そうそう・・そこそこ」
台所に立っていると後ろでそんな声が聞こえた。
振り向くとまだ安定期にも満たない妊婦の通代が、うつ伏せにになって 子供に腰を踏ませている。
「うわぁ、何やってんだ!」
通代は涼しい顔で面倒そうに立ち上がりながら
「大丈夫だよ、今までだって結構無茶しても何ともなかったんだからさ」
そうは言うがそれにしても無頓着が過ぎる。
「一応、明日病院で診察してもらうんだぞこの、バッカヤロー」
「はいはい・・」
通代はまた面倒そうに髪をかき混ぜた。

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 賢治:04/05/20 09:14 ID:uni6Cu+T
次の日に通代から仕事場に電話があったのは午前10時過ぎの事だった。
「ごめん、ダメだったみたい」
心の準備をさせるでもなく、さらりと言いのけると
「すぐに掻き出さないといけないみたなんだけどさ・・やって貰ってもいい?」
あまりに現実離れした報告に言葉も詰まった。
「ちょ、ちょっと待て、今日やらないかんのか・・」
「いや、ダメだダメだ・・今日はやめろもう一日だけ待って貰え、いいな!」
「明日になったら、何かが起きるかもしれない・・その可能性だってあるんだ」
根拠のない希望にしがみつき、必死に不安をかき消した。

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 賢治:04/05/20 09:40 ID:uni6Cu+T
その晩は子供とじゃれる気持ちにもなれず子供が寝た事を電話で確認してから帰路についたが・・その足取りは重かった。
途中、夜半の蓮華寺池公園に立ち寄りベンチに座るともう、堪えきれず涙があふれた。我が人生さえも責めた。
いい加減に生きて来た事への報いなのか・・・。
これがもし、失った子が八人の中からであったらその悲しみは計り知れないぞ・・そのような警鐘にも思えた。

「ダメだ、今帰ったら通代をどんなにか責めてしまうだろう」
そう気がつくと池の周囲をゆっくりゆっくりと歩いた。11月が近いとはいえ相変わらず非常識な静岡の気候はこの時間になっても程良い温度で幸福そうな一組が水際で眠りについていたガチョウをひやかしていた。